雑記・印象ノート (理系に限らずいろいろな分野での印象に残った言葉の備忘録デス)        戻る

・2017.11.05:関牧翁:「よく生きることは,よく死ぬことなり」(現代の覚者たち)
・2017.06.09:釈撤宗:京都新聞・現代のことば「生命のストーリー」
・2016.11.07:谷沢永一:「五輪書の読み方」邪道に走らない”自然(じねん)の道”とは
・2016.10.02:山本七平:「空気の研究」
・2016.05.13:河合隼雄:「人の心はどこまでわかるか」
2016.03.24:茨木のり子:「ある一行」、詩集「倚りかからず」より
・2016.02.11:木村達雄:「勉強と研究の違い(研究の波動)」
・2015.12.30:
堀口大學訳・「ヴァレリー文学論・神話(P.97〜98) 
        
・2015.11.21:吉田兼好:「徒然草」”自分を知る”(百三十四段)
・2015.10.08:イワン・ツルゲーネフ:「休息の祝福」
・2015.09.05:内山興正:「大空が語りかける」“大空”
・2015.08.09:
上田正昭:京都新聞・天眼「まことの鎮魂
・2015.05.12:内山興正:興正発句詩鈔「大空が語りかける ・天地一杯」
・2015.03.26:秋月龍a・柳瀬有禅:坐禅に生きた古仏耕山 - 加藤耕山老師随聞記
・2015.03.15:谷沢永一・渡部昇一:「宗教とオカルト」の時代を生きる知恵
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・2015.01.02:山内恭彦:一般力学・第1版の序文 “常時の用”
・2014.12.31:MARGENAU & MURPHY:物理と化学のための数学T 著者のことば “勇敢な学生”
・2014.12.30:R・P・Fynman「ファインマンの手紙:A.V.セシャギリへ」“気楽にまずはわかることだけ”
・2014.12.12:河合隼雄・中沢新一:「ブッダの夢」
・2014.12.05:リチャード・P・ファインマン(渡会圭子・訳):「ファインマンの手紙」“物理学と人格”
・2014.11.15:中沢新一:「三万年の死の教え」
・2014.11.09:岸田繁:京都新聞・現代の言葉「没個性のすすめ」
・2014.11.04:立木康介:京都新聞・文化欄「露出する心の時代]
・2014.10.07:広上淳一:京都新聞夕刊・現代のことば 「言葉の暴力]
・2014.10.04:大森曹玄:「参禅入門」“念仏婆さん”
・2014.09.26:大森曹玄:「心眼」“大いなる生命の営み”
・2014.09.24:永田和宏:一歩先のあなたへ「自己評価という落とし穴」
・2014.09.21:吉本隆明:「ひきこもれ」

・2014.09.18:日高敏隆:「セミたちと温暖化」 “カラス対策”
・2014.09.16:
山内恭彦:「雑叢 一物理屋の随想」
・2014.09.14:内山興正:「大空が語りかける」“深さ”
・2014.09.13:朝永振一郎:「滞独日記」一九三八年四月九日〜一九三九年五月二十八日
・2014.09.12:内山興正:「自己」〜宗派でない宗教〜 “第四話・自己について” 
・2014.09.12:朝永振一郎:「学問をする姿勢」 “原子研究の町−プリンストンの一年−”
・2014.09.11:藤原正彦:「日本人の矜持」 ”「日本人らしさ」をつくる日本語教育” 斉藤孝氏との対話
・2014.09.10:昭和六十二年二月四日・NHK教育テレビ 「こころの時代」”達磨”
 

<関牧翁:「よく生きることは,よく死ぬことなり」> 2017.11.05
● 管長は,若い頃,いかに生くべきかに悩み,武者小路実篤氏の思想に共鳴して大学を中退し,その後,禅僧となられたそうですが,八十一歳のいま,その解答は見つかりましたか。
 そうですね(笑い)。若いころはそういうことも考えましたが,「生きる」という,その事のみが真実であり現実であって,これでなくてはならんという道は発見できませんでしたね,百人百色の死生観と生活があってよいと思う。それと二十歳の青年には二十歳の大望がなくてなならないし,三十には三十の願心,六十には六十の立命,八十には八十の夢,百歳には百歳の迷いと悟りというものもあります。だから八十一歳になったからといってね,青年時代の自分の希望が達せられるもんではない,八十一には八十一の男の夢というものを新しく持つもんです,八十一には八十一の,老春か知りませんが,青春というものがあります。同じですよ,ずうっと,いかに生きるべきかということを追求してね。
   (略)
― 管長の関牧翁という名も先師がつけられたんですね。
 そうです。私は三十六,七のときにね,人の師匠になったんです。そのときに,二十人ばかりの修行僧がいたが,一人ひとりの修行の内容をよく点検してみると,ろくな者はいない。それで,したたか痛棒を食らわせたら,三人ばかりが夜逃げしてしまった。そのときに,先師は「弟子を育てるには師となるべき者のほうがはるかに忍耐を要する。あたかも牧場の翁が牛や羊を飼う親心がないと弟子は育たぬ。お前を牧翁と名付けた。わしの心をよくくみとって,たった一人でもよい,よい後継者をこしらえてもらいたい」と涙ながらにさとしてくれましたよ。「禅門では古より,たとえ一個半個でもよい,真の雑草(後継者)を打ち出さなかったらば,仏法中の罪人である」ってね。
― それは経営者の場合もいえますね。
 いい後継者がいなかったら,一代でつぶれちゃうからね。だから一代で偉くとも,弟子ができないようなのはだめだっていうんです。弟子をみれば,どんな和尚だったか,価値がわかるというんですよ。師匠はそういっていましたね。
  (略)
― 話は前後しますが,死を前に悠揚と逝く人とそうでない人との差はなんでしょう。
 一概にはいえないが,心がけと平生の練習でしょうね。平生というものを,本当に一日一日よく生きていったら,多分,そうなるんじゃないかと思うんですね,だから,よく生きるということは死ぬ練習のようなものです。
― よく生きることは死ぬ練習ですか。
 私がね,先師さまから学んだこともそれですよ。まず,人間というものは生まれたから死ぬ。それで,日常,与えられたささいなこと,そのささいなことをおろそかにしなかったならば,いざというとき覚悟の必要はない,ということです。平素,油断がなければ覚悟の必要はないということは先師は徹底された。ですから「一日よく生きる」という徹底ね。一日よく生きるということを徹底していけば安楽の死につながるんだ。そういうことをよくいいました。
― なるほど。
 私はその後に,一日一日が場合によると死の勉強であると考えるようになった。一日一日よく生きることは死を勉強することであり,よく死ねることである,と。よく生きるということは直ちによく死ねることであるということを繰り返して,それが七十くらいになって,ようやく身につきました。
― 七十になって,ですか。
 私は先代についたのは昭和五年から二十年の十月までです。初めの頃はね,三十六,七で管長代理にもなったが,なかなか教えと自分の考えと行動というのが一致しなかった。行解一致ということがなかなかできなかた。
― 行解一致?
 悟りと行いというのがなかなか一致しない。それを六十七のときに,ちょっと酒をやめたことがある。その辺からそろそろ人の師匠になってもよいという気になった。七十くらいになってようやくね,己の欲するところに従って,ややのりをを超えないようなふうになりました。 五十,六十ってのはまだ若いですからねぇ。六十なんて,私は還暦のお祝いもしてもらったが,一番迷うときだったね。
― 六十が一番迷うときでしたか。
 ええ,六十くらいのときは一番力ができますから。社会的にも物質的にもいろいろ恵まれてくる。それから世間の風評なぞというものを,そろそろ無視するような,悪く言えば厚顔ですね,あつかましくなる。
― 六十でそういう状態なら,三十,四十というのはやはり鼻たれ小僧ですか。
 そうですよ(笑い)。だから,まだあなたくらいの年齢はあまり菩提心したり,悟ってはいかんのです(笑い)。それに心の思ったことをやらないと悩むでしょう。例えば,松坂慶子みたいのが好きだといって悶々としてるより,行って,あんた好きだけどどうですかといって,嫌いですといったら,さよかって,やめたら,スッキリする,一つの段階がすむんですよ。
― ああ,一つの段階がね。
 そう。
― 結局,人間は中途半端じゃいかん,迷うときには徹底して迷った方がいいんですか。
 迷った方がよろしいってのは第三者,本人はその気なくて,迷っているときは分からないです。ただ,徹底しなきゃだめですね。女に惚れたら心中するくらいの勢いでなかったら。禅宗でもよく,いい意味で,毒を食ったら皿までというが,中途半端だったら,いつまでたっても抜けることはできませんよ。(略)禅宗では「地切り場切り」ともいう。これはそのときになりきっちまうんですよ。飯を食うとき,くそをすることを思っていたら,あまりいいご飯をいただけないでしょう。そういうふうになりきっちまえっていうんですよ。その事に。そういう具合にして,自分を生涯鍛えていく,一日を徹底働いていく,ということです。(略)だから,自分に与えられた小さいことをおろそかにしなかったらばね,改めて覚悟する必要もないし,そういう生活を徹底されることがよく生きることであり,よく死ぬることであると思いますね。
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※師匠:関精拙
(1877 - 1945)。臨済宗天龍寺派第7代管長。天龍僧堂師家として多くの弟子を育てる。主な弟子に関牧翁、大森曹玄、清水公照。

感想:もうあと二月も過ぎれば除夜の鐘,新年を迎えることなります。除夜の鐘は108回撞かれる。これは人がもつ百八の煩悩を救うためといわれていますが,いかんせん人間のもつ煩悩の数は八万四千の法門といわれるように108つよりはるかに多く無尽蔵,次から次へと湧きだしてくるといった感じ。天龍寺の先々代管長・師家を勤められた関牧翁老師のお話を読むと,老師と呼ばれる先覚者でさえも日々煩悩と格闘されているということが滲みでているように思います。徹底していくということはむつかしく一朝一夕にはできません。継続は力なりというように,日常のほんの些細なことを些細なことゆえに簡単に切り捨てず正面から向き合うという習慣を身につけていくようにしていくことが徹底というものににつながっていく。。。オッと,それはまだ「徹底」というモノを意識している,その意識も消し去ってしまえということだろうか。

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<釈撤宗:生命のストーリー> 2017.06.09
● さて,どれほど生命に関する科学的な解明が進もうとも,「私の生と死」について苦悩が尽きることはない。われわれは生命のストーリーをよりどころとして,この苦悩を引き受けていかねばならない。生命のストーリーは,宗教や文化によって異なる。輪廻(りんね)という生命観をもつ人々もいれば,最後の審判を信じている人々もいる,今回はフリードリヒ・ニーチェが語った永劫回帰(えいごうかいき)という少し謎めいた思想を取り上げよう。
 
 1844年,ニーチェは現在のドイツに牧師の子として生まれた。24歳でバーゼル大学の教授になっている。しかし体調を崩して10年で大学を辞職。45歳で精神に変調をきたし,55歳で早逝(そうせい)している。このニーチェが,「およそ到達し得るかぎりの最高の肯定の定式」とするのが,永劫回帰の思想である。永久に続く時間の中で,すべてがもう一度同じ展開をする,これまで生きてきた人生が何度も何度も繰り返し戻って来る,そんな話なのである。
 
 永劫回帰とは,これ以上のものはあり得ないという究極の自己肯定だと思う。いわば,「君はもう一度自分の人生を生きられるか」という問いなのである。もしあなたが,もう一度生まれ変わったとして,同じ境遇に生まれ,同じ学校に通い,同じ人と友人になり,同じ職業に就いて,人生の分岐点で同じ選択ができるだろうか?
 
 ほとんどの人は,「どうせなら違う人生を歩みたい」と考えるのではないだろうか。私もそう思う。しかし,違う人生を望むということは,いまの人生以外にもっとより良い人生があるはず,ととこかで感じているからにほかならない。つまり真に自己肯定できていないわけだ。

 よく「ありのままの自分を受け入れる」などと言うが,ニーチェから見ればずいぶん甘っちょろい。本当に自分を肯定するのはかなり困難であり,稀有(けう)なことである。「どこにも逃げ道はない」と自分の人生を本気で引き受けなければ成り立たないのだ。そして,何度でも同じ人生を引き受ける覚悟をもった時,「この一瞬をより良く生きるしかない」という扉が開くのである。
                                         (相愛大教授,僧侶)
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感想:ちょっと前,ディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』の主題歌「ありの〜ままの〜♪」という曲が世界的に大ヒットした。映画は見ていないが,ありのままでいいと肯定されると肩の力がスッと抜けて楽になる。『これでいいの 自分を好きになって これでいいの 自分を信じて 光を浴びながら 歩きだそう 少しも寒くないわ』人生の応援歌ですね。ところで原曲は「Let it go」で,直訳すれば「ケセラセラ・なるように〜なるわ〜」といったような意味。国民性によって歌の感じ方はやはりちがうだろう。。。まっ,そのことは兎も角として,「生命のストーリー」で語られている「何度でも同じ人生を引き受ける覚悟をもった時」というフレーズには思わず身が引き締まります。長淵剛の「人生はラ・ラ・ラ」という歌の “だけど人生は一度っきりだから 生まれ変わるなら生きてるうちに〜♪」という歌詞と一脈通じるものがあるような。。。いずれにしてもできるだけその覚悟らしいものが芽生えてくるように,何気ない日常でのさりげない練磨が大事だということですね。

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<谷沢永一:五輪書の読み方> 2016.11.07 
●邪道に走らない”自然(じねん)の道”とは
 さらに武蔵は、「一、此兵法の書五巻に仕立る事」の中で「小心(すこし)のゆがみに付て、後には大きにゆがむも のな也」と戒めている。なにごとも、最初が肝心で、ちょとした心のゆがみが、後に大きなゆがみになる、という意 味だが、私は、これを人間関係をはじめとするあらゆる局面で、邪道に走ることを戒めている、と解釈したい。
 「小心のゆがみに」つくことは、“やすきにつく”場合もある。また、将来、芽が出ないような方向で、能力を傾ける場合もある。いずれも、邪道に走っていることになる。
 邪道に走ることは、マイナスの意味を持つ。それに対するプラスの意味として。私は“自然(じねん)の道”を考える。私のこれまでの生き方は、この自然の道を実地で身につけようとした道程とも言える。
 万葉学の沢潟久孝は、私どもの卒業にさいして、こう言われた。万葉の歌にも、これまで未解決の意味不明な部分があるが、万葉を志すなら、そういう問題にすぐ食らいついてはいけない。十年かかってもわからないものを、早く手柄を立てようと思って、つい道を外れる。それより、万葉なら、すでに解釈されている歌、例えば「ひんがしの野にかげろうの立つ見えて・・・・・」というような歌を、果たしてそう読んでいいのかどうか、論理過程を追いながら、一から順番に納得がいくまで追ってみよ。いちばんわかりやすいものを、全部マスターしろ−−沢潟先生はそのことを「足もとの草むしりから始めよ」とも言われた。
 私は自分なりに先生の言葉を守ってきたつもりだが、これが自然の道ではないかと思う。芸道でも、名前を上げるに急で、変わったことに手をつけたがる人が少なくない。つまり、邪道に走っているのである。やはり、ノーマルな修行こそ自然の道であろう。
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感想:「足もとの草むしりから始めよ」、なかなかいい言葉ですね、頭にとどめておきます。禅の方では「脚下照顧」と簡潔な言葉がありますが、昔、禅道場に行った時、道場の入口に「脚下照顧」と筆書きされた板がおかれていました。案内の雲水が ”履物の下駄はきちんと揃えましょう~” と大声を発し、自らもそれを実行していました。そうか、まず足元だなと神妙に思ったことを懐かしく思い出します。

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<山本七平:空気の研究> 2016.10.20
●聖書学者の塚本虎二先生は、「日本人の親切」という、非常に面白い随想を書いておられる。氏が若いころ下宿しておられた家の老人は、大変に親切な人で、寒中に、あまりに寒かろうと思って、ヒヨコにお湯を飲ませた、そしてヒヨコを全部殺してしまった。そして塚本先生は「君、笑ってはいけない、日本人の親切とはこういうものだ」と記されている。私はこれを読んで、だいぶ前の新聞記事を思い出した。それは、若い母親が、保育器の中の自分の赤ん坊に、寒かろうと思って懐炉を入れて、これを殺してしまい、過失致死罪で法廷に立ったという記事である。これはヒヨコにお湯をのますのとまったく同じ行き方であり、両方とも、全くの善意に基づく親切なのである。
 よく「善意が通らない」「善意が通らない社会は悪い」といった発言が新聞の投書などにあるが、こういう善意が通ったら、それこそ命がいくらあっても足りない。従って、「こんな善意は通らない方がよい」といえば、恐らくその反論は「善意で懐炉を入れても赤ん坊が死なない保育器を作らない社会が悪い」ということになるであろう。だが、この場合、善意・悪意は実は関係のないこと。悪意でも同じ関係は成立つのだから。また、ヒヨコにお湯を飲ませたり、保育器に懐炉を入れたりするのは“科学的啓蒙”が足りないという主張も愚論、問題の焦点は、なぜ感情移入を絶対化するのにある。というのは、ヒヨコにお湯をのまし、保育器に懐炉を入れるのは完全な感情移入であり、対者と自己との、または第三者との区別がなくなった状態だからである。そしてそういう状態になることを絶対化し、そういう状態になれなければ、そうさせないように阻む障害、またが阻んでいると空想した対象を、悪として排除しようとする心理的状態が、感情移入の絶対化であり、これが対象の臨在的把握いわば「物神化とその支配」の基礎になっているわけである。

 この現象は、簡単に言えば「乗り移る」または「乗り移らす」という現象である。ヒヨコに自分が乗り移るか、あるいは第三者を乗り移らすのである。すなわち、「自分は寒中に冷水を飲むのはいやだし、寒中に人に冷水をのますような冷たい仕打ちは絶対にしない親切な人間である」がゆえに、自分もしくはその第三者を、ヒヨコに乗り移らせ、その乗り移った自分もしくは第三者にお湯を飲ませているわけである、そしてこの現象は社会の至る所にある。教育ママは「学歴無きがゆえに・・・」と見た夫を子供に乗り移らせ、子供というヒヨコの口に「教育的配合肥料」をむりやりつめこみ、学校という保育器に懐炉を入れに行く。そして、それで何か事故が起これば「善意から懐炉を入れたのだ、それが事故をおこすような、そんな善意の通らない『保育器=社会や学校制度』が悪い」ということになる。そしてそういうわれわれは、誰も一言もない。
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感想:『絶対化されると、自分が逆に対象に支配されてしまう、いわば「空気」の支配が起こってしまうのである。』と書かれている。なんでも絶対化するとそれ以上考える必要がなくなり、全面依存の思考停止で楽だ、という人間のもろい一面が「空気」の蔓延(はびこ)る素因だろうか。
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<河合隼雄:人の心はどこまでわかるか> 2016.05.23
●たとえば外科医だったら、対象がはっきりとわかりますから、ここをこうしたら必ずこうなるということは、かなり明確に言えますが、心理療法家は人間のもっとも不可解なところを対象としていますし、一人ずつみんな違いますから、百人のクライエントが来れば、百のケースと出会うことになります。したがって、「これでわかった」ということはなかなか言えません。
 もちろん、経験年数を重ね、多くのクライエントとつきあってくれば、ある程度の予想を立てることはできますが、だからといって、慢心を起こしたら、いっぺんにだめになります。また、一生懸命やっている人は、いつも「自分はだめじゃないか」という思いに駆られますから、慢心しているひまがありません。慢心するのは、一生懸命やっていない人か、心理療法家をやめてしまった人です。(略)「自分はだめじゃないか」という思いがしなくなったら、それはほんとうにだめになった証拠です。

 いかに豊富な人生経験を持っている人でも、それによって悩んでいる人を助けてあげられるのは、きわめて限定された、あるいは表面的な範囲にすぎません。(略)自分の人生経験を生かしたいと意気込むことは、心理療法家に必要な根本姿勢とはまったく逆の姿になります。
 また、自分の傷つきやすさを、鋭敏さと誤解して、自分は弱い人の気持ちがよくわかるので、そのような人の役に立ちたいと思うような人も問題です。たしかに、傷のある人は他人の傷の痛みがよくわかりますが、そのようなわかり方は治癒にはつながりません。傷をもっていたが癒された人、傷をもっていないが傷ついた人の共感に努力する人、などのよってこそ、心理療法は成り立つのです。

 多くの専門職の中でも、心理療法家ほど謙虚さを必要とし、「初心忘るべからず」の言葉が生きている世界はないと思っています。
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感想: 十人十色というように人の心は多様というレベルを通り越し、しかも環境やもろもろの条件でこれがいくらでも千変万化する。。。となると、もうつかめるものではない。しかし、「うん、そうだね。。。」と心底共感することはできる。共感されることによってざわつく心は落ち着き、本来のエネルギーが目を覚ます。表面的な共感は相手に見抜かれる。黙ってそばにいることは共感しようとする努力の現れ。。。等々、いろいろ考えさせられます。

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<茨木のり子:「ある一行」> 2016.03.24
●一九五〇年代
しきりに耳にし 目にし 身に沁みた ある一行

  <絶望の虚妄なること まさに希望にあい同じい>

魯迅が引用して有名になった
ハンガリーの詩人の一行

絶望といい希望といってもたかが知れている
うつろなることでは二つともに同じ
そんなものに足をとられず
淡々と生きていけ!

というふうに受けとって暗記したのだった
同じ訳者によって

  <絶望は虚妄だ 希望がそうであるように!>

というわかりやすいのもある
今この深い言葉が一番必要なときに
誰も口の端(は)にのせないし
思い出しもしない

私はときどき呟いてみる
昔暗記した古風な訳のほうで

  <絶望の虚妄なること まさに希望にあい同じい>

*ハンガリーの詩人ーベテーフィ・シャンドル(1823-49)
*竹内好訳
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感想: 内山興正老師なら『絶望とか希望というものは頭の分泌物です。いろんな人間的思いを「頭の分泌物」として眺める余裕があれば、また違う風景が見えてきますよ』といわれそうである(←あくまで想像ですが)。最近のいろいろなニュースを見ていると、どうも頭の分泌物に縛られ突き動かされているような出来事が多いような気がする。淡々と生きていく意志というか、何気ない気付きもしない大切なものを日常の喧噪の中で知らぬ間に落としてしまっているのだろうか。

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<木村達雄:勉強と研究の違い(研究の波動)> 2016.02.11
●大学3年の時に,佐藤幹夫先生(佐藤超関数や概均質ベクトル空間の理論の創始者)の集中講義に出た事がありました。自分の考えた理論を生き生きと説明していく講義にすっかり魅了されてしまいました。内容は難しくて良く分からないのに,何かワクワクするものを感じるのです。このとき,数学は分からなくても感動することがあるのだ,と知りました。のちに大学院の修士1年になったとき私は武術に夢中になり,真剣を使って戦いの集中力や持続力の稽古に没頭してしまいましたが,修士論文を1年後に提出しなければならなくなった頃,京都大学に佐藤幹夫先生を訪ねました。ニコニコしながらコーヒーを入れて下さった先生は「どんな研究をしていますか?」と尋ねたので「実は武術しかしていませんが数学これから頑張ります」と答えた。先生の顔色が変わり,ものすごく怒られて「君の状態では新しい結果を出すのに一年半はかかる」と言われ,とにかく30分だけ,一対一で研究指導をして下さいました。その時,私は初めて勉強とは全く異なる研究の雰囲気,波動のようなものを感じ,研究はこうするのか,と思いました。

佐籐先生は「すぐ追い返したい所だが研究室を一つ使って良いから一週間したら帰りなさい」と言われ,更にオロオロする私に研究の心構えを教えて下さいました。

「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。どの位,数学に浸っているかが,勝負の分かれ目だ。数学は自分の命を削ってやるようなものなのだ」

と言われ,追いつめられた私は,まさにこれを実行しました。すると一週間で未解決問題の一つが解けてしまいました。佐藤先生に見せに行くと「君に出来る訳がない。どうしても正しいと言うなら,これが成り立つ筈だから確かめてみなさい」と言われ三日かけて再び持っていくと,それからは佐藤先生は毎日6時間以上に及ぶ個人指導を始めて下ざり,私をグイグイ引き上げて下さいました。

※木村 達雄(1947年 - ):日本の数学者、武道家。筑波大学名誉教授。理学博士。大東流合気武術十元師範。
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感想:勉強は既にレールが敷かれた上をしっかりと進んでいくようなものだが、研究となると話は別で、先に導いてくれるレールがない。持っている知識を総動員して匍匐前進(ほふくぜんしん)、泥をかぶりながらも前と思われる方向に進んでいくしかない。頭がええとか悪いとか、才能があるとかないとか、そういうことをいうのはやる気がないことの裏返し。研究とはそんな甘いもんとちがいまっせ!といわれているようである。

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<ヴアレリー文学論・神話> 2015.12.27
●詩人ならだれしも一度くらいは、偶然に、すばらしい構想やうまい言いまわしが自分にも生まれたわいと気づくことがあったとしてもあたりまえだ。(略) 作者は試作をくり返すことによってできのいい系列の作品を創ろうと試みる。技術と努力が、実在の人間のだれにも思いつくことも、用いることもできないような言葉を創造しようとはげむ。そして自然が直接にはだれにも与え得ないような泉が自然に湧き出るような外見を、世にも豊富な、理づめな、渾然たる、複雑極まる文章に与えるのだ。こうして仕上がった文章が、普通感興的な名文と呼ばれるのだ。三年がかりで模索し洗練し修正し拒絶し選択し続けてできあがった文章が、あかの他人に、三十分にも足らない時間で、味わわれたり、読まれたりする。読者はこの文章の成立の事情として、これを自然発生的にしかも一気に書ける作者を想像する、つまりきわめて似つかわしくない作者をだ。作者の内部に住むこの作者を、在来、人は詩神と呼んできている。
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感想:書かれていることが難しくてよくわからないが、『三年がかりで模索し洗練し修正し拒絶し選択し続けてできあがった文章が、あかの他人に、三十分にも足らない時間で、味わわれたり、読まれたりする。』というところに興味が惹かれた。時々、長編小説など、興に乗って一気に読み終えるときがある。そんなとき、作者が、恐らく何か月も調査・苦吟して書いた作品をわずか1日足らずで読んでしまって申し訳ないような気がしないこともない。が、印象に残ったところは頭のどこかに残っていて、ときどき思い出して味わいなおすこともあるので、まぁとくに気にする必要もないんだろう。

あと一日で2015年も終わる。今年は国際社会のいろいろな歪が一気に噴き出した年だった。来年は穏やかな年になればいいのだが。

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<吉田兼好:「徒然草・百三十四段」(現代訳:山崎正和)>  2015.11.21
●高倉院の御陵に付属する法華堂で、法華三昧を勤める僧で、何某の律師とかいうものがあった。この男はあるとき、鏡を手に取って顔をつくづくと見て、自分の容貌が醜く情けないことにあまりの憂鬱を覚え、鏡すらうとましい心地になったために、その後は永く鏡を恐れて手にも取らず、きっぱりと人に交わることもやめてしまった。法華堂の勤行に出るだけで、あとはひとりでこもり暮らしていたと聞いたが、これは珍しく感心なことに思われたものであった。
 賢そうな人であっても、他人のことばかりあげつらい、ほかならぬ自分のことは知らないものである。自分を知らないで他を知るという理屈はあるはずがないのだがら、自分を知っている人をこそ、もののわかった人といわなければならない。人はとかく、容貌が醜いのもかかわらずにそれを知らず、また、心が愚かであることも知らず、技藝がつたないのも知らず、わが身がものの数ではないのも知らず、さらに修業中の道が未熟であるのも知らず、自分の犯した過ちをも知らないのであるから、まして、他人から受けている非難を知るはずがない。
           (中略)
手の届かぬことを望み、それがかなえられないことを嘆き、来もしないことを待ち、人を恐れ、人に媚びるのは、他人から与えられる恥ではない。それこそ貪欲な心に引かれて、自分で自分を恥ずかしめているのである。
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感想:吉田兼好は鎌倉時代の末期から南北朝時代にかけて活躍した人だから、今から約700年前の人ということになる。「貪欲な心」への鋭い批判はわが身に沁みてくる。。。自覚的にコントロールしなければ。

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<イワン・ツルゲーネフ:「休息の祝福」>  2015.10.08
●「疲れた人は、しばし路傍の草に腰をおろして、道行く人を眺めるがよい。人は決してそう遠くへは行くまい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
感想:
     「疲れたら休め,彼らもそう遠くへは行くまい」

という言葉の原典が上に挙げたロシアの文豪ツルゲーネフの言葉らしい。人生の機微に触れた味わい深い言葉である。

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<内山興正:「大空が語りかける」“大空”> 2015.09.05
●大 空
   大空を毎日仰いで歩いていると
   それはまったく身近な親しい
   相談相手となってくる
   求めて得られぬ悲しさを告白すると
   「まあいいさ 大したことはない」
   鬱憤をためて爆発させようかというと
   「それもよかろう でもくだらないぞ」という
   自分に愛想がつき 絶望していらいらしていると
   「まあそんな日もあるさ」
   そして大空自身 毎日
   青空になったり 雨天になったり
   白雲を飛ばせたり スモッグになったり
   鳥を飛ばせたり ジェット機を飛ばせたり
   今日もひろい大空のまま
   ただ大空をしている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎感想:ただ大空をしている。。。この一語に尽きる。

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<上田正昭:京都新聞・天眼「まことの鎮魂」> 2015.08.09
●毎年8月6日の広島原爆・同月9日の長崎原爆の日には,「まことの鎮魂とは何か」とあらためて問う。多くの人びとは,「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」と誓いの言葉を述べる。世間では鎮魂とは死者の霊魂のミタマシヅメをいう場合が多い。(略)『梁塵秘抄口伝集』がミタマフリについて「是はたましひを振りをこす。ゆらゆらとをこすなり」と記しているように,萎えてゆくたましいを振り起すことであった。
 こうしたミタマフリの鎮魂のありようが,本来のまことの鎮魂であったのではないか。その伝統は奈良県天理市の石上神宮の鎮魂際に脈々とうけつがれている。たとえばその鎮魂の呪詞(じゅし)は「フルエ ユラユラト フルへ」と唱えられるのである。(略)
 多くの現代人は鎮魂とはミタマシヅメだと思っている。したがって「安らかに眠ってください」と原爆の死霊を眠らせて生者と断絶し,「過ちを繰り返しませぬから」と誓うのである。東日本大震災の福島原発の大事故などを起こして,「過ちは繰り返しませぬから」と祈っても,それは虚言以外のなにものでもない。
 まことの鎮魂とは何か。戦後70年の原爆の日には,「安らかに眠らないで下さい。再び過ちを繰り返すかもしれませぬから」と広島や長崎に投下された原爆によって最後をとげた人びとに反省を込めて反戦を決意することが,原爆の悲劇を繰り返さぬ,まことのミタマフリになるのではないか。
 タマフリとは何か。死者と断絶するのではなく,たましいを振り動かす魂振りが鎮魂の根本であった。

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◎感想:
今朝(8月9日),何気なく京都新聞の朝刊を眺めていたら,このコラムが目に入った。「鎮魂というのは死者の魂を振り動かすこと」という一文に感銘を受けた。
昔,漫才師の横山やすしの葬儀のとき,相方の西川きよしが「やっさん,いろいろ辛かったやろ,どうかゆっくりと休んでくれ」という弔辞を読み上げていたのをTVでみて,“ゆっくり休もうが,こっちで暴れようがワシの勝手やないか!”と声なき声でやすしが吠えているのではと思ったりした。センチメンタルに死者を捉えるのは生きているものの驕(おごり)りだろうか。

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<内山興正:興正発句詩鈔「大空が語りかける」> 2015.05.12
   いやじつは天地一杯が
    天地一杯のなかに生まれて来
   天地一杯が
    天地一杯のなかに死んでゆくのだ
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◎感想:落ち込んだとき内山老師の
詩集を読むとなにかほっと慰められ、勇気をもらう。「読む人の勝手解釈でOK、それぞれの読み方があるはずですね。こうでなければならないという ケチな制約などは一切ありませんよ」と言われているようで、読みかえすたびに味がでる。


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<秋月龍a・柳瀬有禅:坐禅に生きた古仏耕山 - 加藤耕山老師随聞記>
2015.03.26
香夢室は徹底して綿密なお方で、当時「水も洩らさん」と言われるほどじゃ。これはもう、あの人のまねはできんわ。「一滴の水でも三べんくらい使わにゃ捨ててならん」と、こう言われて実行しておられた。誰でも顔を洗ったらボーッと捨ててしまうでしょう。何でもね。それが「これはこうしてこうして」と実行しとる人です。こんな人はちょっとないがね。そういう綿密な香夢室のやり方を見ておると、神々しくなる。しかし、そばにおると、うるそうてな。ギャンギャンは言わっしゃらんけれども、見ておるような気がしてな。わたしも側におって、ときどき失敗をやりおったがな。そいつをとがめたりはひとつもしません。けれども、やりくちだけは正直に教えられた。初めて側づきになった時は、「わしの流儀はこういうふうだがね」と言うて、オツケの実一つ切るのも切り方をちゃんと言わっしゃる。言ったってやりゃせんがな。いいかげんに切って出すと、食うてから、ちゃんと言わっしゃる。「オツケの実はオツケの実の切り方というものがあるでな」。そらまぁ考えてみると、禅といったって何もほかのことはありゃせん。物を扱うにもその物に相応した、もののナニがちゃんと法にはまっていくようにするだけのものだからな。そこに徹するだけのものだからな。心がいろいろと自分の便利を出したり、脱線さえしなければいいのだから。飯を食う時は飯を食うところに、自分の心が脱線せずにちゃんと行きゃいいですからね。間違いないですから。死ぬ時はあなた、死ぬほかしかたがないから死んじゃうで、むずかしいことはない。こんなやさしいことはないでな。死ぬ時は死ぬだけじゃ。それが極楽じゃ。死ぬ時は死ぬだけで、文句いうことも地獄へ行くことも極楽へ行くことも、そんなことはどうでもいいじゃ。会社の解散するように死にさえすりゃいい。何もありゃせんからね、そういうふうに
そこだけになるということがむずかしいがね。どうも心ってやつは飛び回りやがってな。
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◎感想:大森曹玄老師は「書と禅」の中で耕山老師の墨跡を、「その墨跡は規模こそ大きくはないが、そして迫力も勝れたとはいえないが、墨気は透徹して冴えている。枯淡というよりは、むしろ老熟しきった感じである。祖師の像もよく描くが、その眼の澄んでいること、恐らく当代随一であろう。それも迫力というよりは、無邪気で子供の眼のような澄みかたである。この人は力よりは徳に勝る性質(たち)であろうか。その笑顔が、これまた天下一品である。禅とはこれだ、といってよいような、あどけないすべてを超越した笑顔である。このごろのような世の中になっては、再びこのような笑顔の人に接することは恐らくあるまいとおもう。その顔は、彼の描く達磨にそのまま写し出されている。書も画も、所詮は人である。」と評されている。
科学技術の進歩に反比例して人間が小さくなっていくのは。。。便利という洪水に流されないように心がけなければと自戒。


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<谷沢永一・渡部昇一:「宗教とオカルト」の時代を生きる知恵>
2015.03.15
渡部:木の根がなければ葉はすぐ枯れますが、木の葉がなくても根は何年も生きられます。根というのは、徹底的に光から逃げている部分です。同様に、人間の精神というのは、光のほうに向いた部分だけでなく、根っこに闇の部分があるのではないかと私は考えます。れわれが共通して話せるのは光の部分であり、闇の部分はわからない。だからといって、闇の部分がないとしたら唯物論です。
 たとえば、夢を科学的に分析・検証できるようになるかといったら、無理だと思います。頭の中がわかるということはない。科学は必ず媒体として機械を使うはずですが、機会を通して得たデータでわかったと思えるの人は唯物論者でしょう。
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◎感想:
植物の根っこは"徹底的に光から逃げている部分です。”という指摘は新鮮で、目から鱗の思い。「闇」はユングの言う「影」のことか。

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<山内恭彦:一般力学・第1版の序文> 2015.1.2
●物理学の研究をなすに当たっては、研究者がその有する基本的知識を一つの体系に整備し、新しい理論に接するごとにその中から必要な部分を摂取し、同時に既に有するものから不要な部分を棄捨し、明確なる思考の根底を樹立して常時の用に応ずるように準備しておくことが一つの有用な心懸けであろうと思われる。
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◎感想:学生の頃、古本屋でこの本を見つけ、序文の「常時の用に応ずるように準備しておく」というフレーズに感銘を受けた。そういえば「治に居て乱を忘れず」という諺を座右の銘にしていたっけ。。。年を重ね、裏も表もいろいろ見聞・経験してくると若いころの純な気持ちも次第に霞んでくる。が、“軸”だけはぶれない様にしていきたい。


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<MARGENAU & MURPHY:物理と化学のための数学T 著者のことば> 2014.12.31
●われわれが望んだ厳密さは注意深い科学的証明で普通に行われている程度であり、純粋数学者だけが近づき得るような高踏的なものではない。これについては何ら弁解するつもりはないが、精密科学の歴史は私達に次のことを教えてくれているように思われる。即ち厳密さをむやみに強調してもその成果は少なく、優秀な開拓者たちは存在定理の結果よりもむしろ輝かしい予感をたよりにして成功したということである。
         (略)
末筆ながら著者は独学で数学に上達しようとしている物理および化学の勇敢な学生のことを少なからず念頭においている。

                               Henry Margenau
                               George M.Murphy
New Haven Conn. 
  March, 1943
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◎感想:
今日で2014年も終わる。
はるか昔の学生時代、これから専門課程に進むにあたってどんな数学を勉強していったらよいのか、いろいろ悩みつつ先生に相談しに行った。
 「そやなぁ~、複素関数論も知っているようで知らん人が多いで。とにかく必要な奴から取り組んでいったらどうやろ。マージナウ・マーフィーなんかええと思うで。あれ読んどいたらどやろ」
 「はい」
といったやり取りを思い出す。マージナウ・マーフィーという語感が気に入った。本屋で件(くだん)の本を見つけて立ち読みし、その内容が結構多岐にわたっていて難しそうに思えたので、買うか買わずか逡巡した挙句、結局買うのを諦めたが、巻頭の著者のことばの、「末筆ながら云々・・・」のフレーズに感動・感激し、棒立ちのままそこだけを何度も読み返し、反芻していた。思えば純で一途な若者であった、と懐かしく思いだされる。

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<ファインマンの手紙:A.V.セシャギリへ(1972年10月4日)> 2014.12.30
インドに住む19歳のセシャギリは深刻な吃音障害で悩みを抱え、また教師との関係も教師が「生徒のやる気を奪い、熱意を失わせて・・・生徒に知識を分け与えようとしていないと」感じていた。カルテックなら「何の心配もなく落ち着いて穏やかに」勉強ができるかもしれないと考えた。

 以下はファインマンからの返信。

インド ボンベイ
A・V・セシャギリ 様
 セシャギリ君へ
 手紙をありがとう。
 君が物理学に興味を持ったのは幸いです。なぜなら、物理学のような学問では、話すのが困難でも深刻な障害にはなりませんから。それどころか、物理学は一人で勉強しなければなりません。自分で自分を教えなければならないのです。指導者のことでそんなに悩むのはやめなさい。本はたくさんあり、難易度、書き方、扱っている分野もそれぞれ違います。あなたに適した本を探し出しなさい。楽しく読めて、一番早く簡単に学べる本を、僕の本を面白いと思われるかもしれないのでーー現在のところは、まだ君には難しすぎるかもしれませんがーーその本と、並行して使える薄い問題集を送ります。今は一問も解けなくても驚かず、気楽に、まずはわかることだけを読みなさい。そうすれば、知識が自然に身についてきます。
          (略)
 それまでは、自分が最も興味をもてること、しっかり理解できることを、落ち着いて静かに勉強しなさい。特定の本を勧めることはしません。どの本が君に適しているかは、興味とレベルによって異なるからです。ボンベイの図書館に行って、自分自身で見つけなさい。
 真心をこめて
                               リチャード・P・ファインマン
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◎感想:ファインマンの人間的な優しさがにじみ出ている手紙。「今は一問も解けなくても驚かず、気楽に、まずはわかることだけを読みなさい。そうすれば、知識が自然に身についてきます。」という件(くだり)は、物理を勉強して挫折しそうになる人(自分も含めて)への勉強の指針と大いなる励ましを与えてくれるではないか。

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<河合隼雄・中沢新一:「ブッダの夢」> 2014.12.12
●河合:ところで実際にやっておられた時に、いわゆる超常現象とか超常体験などはありましたか。
●中沢:遊体離脱といわれる現象は何回もありました。
●河合:やはり見えますか。
●中沢:見えます。それこそ技術がありまして、マニュアル通りにやるとできるんですね。
●河合:マニュアルをもっているというのはすごいですね。
●中沢:日本にもけっこう上手なチベット僧がいて、本山博さんの研究でやった時には、日本人も四十人くらいやりましたから、何人かは同じような体験をしたんじゃないでしょうか。あれも面白い技術ですね。
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◎感想:遅ればせながら本山博さんという方をこの本で初めて知った。ネットで調べると、精神的エネルギーと身体的・物質的エネルギーの相互作用のメカニズムを電気生理学、生物物理学、量子力学的方法を用いて解明することなどを研究目標にされているとのことで、大変興味をそそられる。

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<リチャード・P・ファインマン(渡会圭子・訳):「ファインマンの手紙」> 2014.12.5
●「物理学だけで人格を形成できるわけではなく、それ以外の人生経験からも学ばなければなりません」
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◎感想:物理学というのは難しい学問なので、そんな難しい物理学に精通している高名な学者は人格的にも優れていると普通思いがちになる...が、どっこい人間というのはそんなに単純にはできていない。ノーベル賞を受賞した物理学者の伝記などを読むと、華々しい業績と人格の間には特別な相関が見られないことが多い。人格形成にとっては、日常のこまごましたことも含めたいろいろな人生経験に勝るテキストはないということかな。もちろん、物理学に限らず、学問を学ぶということは人格形成の味付けには有効と思うが、いかがだろうか。

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<中沢新一:「三万年の死の教え」> 2014.11.15
●老僧の告白 「人は百年もたたないうちに死んでしまう。長寿を得たものも、確実に死んでいく。かたちのあるものは、滅びをむかえ、集まったものは散り散りになっていく。空に生まれ、空に死んでいく。人は皆、わたしも、あなたも、この現象世界の中のどこにも、羽を休める足場をみいだすことのできないまま、宙に舞いつづける蜂のようなものだ(*1)。財産も、家族も、肉親の愛情も、死のときには何の役にもたたない。あなたはそれをすべて捨てて旅立つのだ。だから、わたしたちが生きているうちにすべきことは、自分の心を成熟にむかわせることだけなのだ(*2)。そのことの重要さが、誰にも訪れる死の時に、わかる(*3)」
(*1)はじまりも終わりもなく、土台も足場も根拠もない「空」の中に単独者として、たった一人で有限の生命を生きるものが人間なのだ、という認識が、チベット仏教では徹底して教えられている。
(*2)人生の意味を、チベット仏教ではこういう「空」観にもとづいて考えている。
(*3)人はすべて一人で死んでいく、そして自分というものが「空」にあらわれた一人ぼっちの単独者であることを、死はすべての人に教えるのだ。
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◎感想:中沢新一はチベット密教を修業した高名な宗教学だが、恥ずかしながら河合隼雄との対談集ではじめて中沢さんの存在を知った。件の本は、晩、布団に入って何となく読み始めたが、ついつい惹き込まれた。仏教は通常釈迦が創始者とされているが、起源はもっと古く、般若心経の「空」の体験的意味の把握はすでに旧石器時代にまでさかのぼれるらしい。ともかく人間の叡智というものは科学の進歩で埋まってしまっているような気がするが。。。

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<岸田繁*:京都新聞・現代の言葉「没個性のすすめ」(2014.11.4)> 2014.11.9
●人が成長する過程で誰もが「個性」との付き合い方という壁にぶち当たる。「個性」というある意味曖昧な物言いが、いい意味でも悪い意味でも、人生を複雑なものにしていく。「個性を伸ばす」ことの大切さも必要だが、実は「個性を消す」ことの大切さを学ぶことこそが、「個性」を生かす方法だと思っている。
 街に住んでいる人がいれば、山に住んでいる人もいる。子供がいれば老人もいるし、恋をしている人も闘病中の人もいる。放っておいても、人なんてそれぞれ違うわけだけれども、お互いの立場や性質の違いを乗り越えて、我を忘れて「仕事」や「目標」に取り組んだりすることがある。我を忘れる、という言葉が意味するものは、
自分の立場や気持ちはさておいて、その他大勢と同じように目の前の物事に取り組んだ、ということである。人と同じことに取り組めば、人と同じ気持ちになるかもしれないし、まったく違う気持ち抱くこともあるかも知れない。そこで生まれたそれぞれの気持ちこそが「個性」と名付けられるべきものであり、自己表現において重要なことだと思っている。
 いじめや紛争は、立場の違うもの同士による想像力の欠如によって起こるものだと思っている。痛みがわからない、価値がわからない、ということは立場が違えば当然のことで、価値観やルールは千差万別である。そんな中、唯一の解決方法は相手の立場に立って物事を考える、あるいは考えようとすることであり、相手の立場に立って想像力を働かせることがとても重要である。優れた音楽や絵画は受け手の想像力を極限まで引き出すことができる。喜びや悲しみを心の中に生み出してくれる。それらの作者はおそらく多くの凡庸な人々の気持ちを知っている。それは「個性」だけでは生み出すことができないものだ。
*ロックバンド「くるり」のメンバー、作曲家。
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◎感想:“人の病は三年でも辛抱する”という諺(ことわざ)があるように、相手の立場に立って想像力を働かせるということはなかなか容易じゃない。が、ちょっと立場を変えて考えてみると案外その壁も乗り越えやすいかもしれない。そういうことで内的経験が拡がり深まっていく。。。大抵「我性」を「個性」と勘違いしている節がある。「個性」は「没我性」を通してはじめて活きてくるということだろうか。

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<立木康介:京都新聞・文化欄(2010.1.20)> 2014.11.4
●現代は「露出する心の時代」といえる。本来なら個々の中にしまっておくべきことを語り、それをもてはやす文化。過去の万引きをテレビで語り、占い師に私生活を打ち明けるタレント。ブログで犯罪行為を告白する若者。資本主義の中で最後に残っていたのが人間の内面、そこに投資を始めている。過剰なまでに心について語るよう仕向けられ、促されている。村上春樹の言葉を借りるなら『自開症』。その根源は、抑圧が働かない世の中になっていること。抑圧とは我慢するシステム。タブーがなくなり、抑圧が機能しないと、自らの享楽を見せびらかす傾向になる。現実では、快楽の追求を一旦中断して満足に至る経路を頭の中で組み立て、折り合いを付けなければならない。それが思考だ。抑圧がなくなった時代には思考もない。フランスの精神分析家ジャック・ラカン(1901~81年)は、抑圧について、『あることを言わない代わりに別の表現をすること』とした。抑圧の不在は、別のことを言う表現をできなくした。メタファー(隠喩)がなくなり、その行き着くところは言語の平板化、心の平板化をもたらす。
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◎感想:最近、尊厳死の実行をブログで公表し、尊い命を自ら断った外国の若い女性がニュースになっていた。なんでわざわざそんなことをブログで、その意図は一体どこにあるのかと思った矢先、以前切抜きしていた立木康介さんの記事を思い出した。難しい時代になってきたが、いつまでも加速するものでもないだろう。


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<広上淳一:京都新聞夕刊・現代のことば> 2014.10.7
●「言葉の暴力」とは、いわゆる人格を否定するような「暴言」の類だけではなく、言葉を発する側にとっては「なにげなく」ても、受け取る側の深層心理の中で影を落としているような言葉を短絡的に投げかけた時、柔らかいはずのその言葉はどんな言葉よりも鋭利な刃物となり、相手を深く傷つけるということを認識しなければなりません。もちろん言葉を発した方も、受け取り手を傷つけようとなどという気もちは全くないわけですから、この事故は不幸の何物でもないのです。この事故を防ぐもの、それは相手の感情を思いやる「視野の広さ」。車の運転同様、常に「かもしれない」と感じることなのだと思います。
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◎感想:おっしゃる通りで、常に視野の広さを保たねばと自戒。。。


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<大森曹玄:「参禅入門」> 2014.10.4
●昔、ある所に大層、念仏に熱心な婆さんがいた。朝から晩まで、起(た)つにつけ坐るにつけて南無阿弥陀仏と唱える。お寺詣り、法話聴聞も欠かしたことがなく、世間からは念仏婆さん、念仏婆さんと呼ばれて、いわば妙好人の代表のようにいわれていた。ところが、その婆さんが死んだら、あろうことか地獄の黒門へひっぱり込まれてしまった。婆さんビックリ仰天、泣いて閻魔さんに訴えた。「私は娑婆にいた時は念仏を欠かさず、念仏婆(ねんぶつばぁ)といわれたものです。その念仏を車に一ぱい積んで参りましたから、どうか極楽へやってくださいまし。」
 閻魔さんは、鬼どもに命じて婆さんの持ってきた念仏を調べさせた。鬼どもが婆さんの念仏を一枚一枚調べてみると、ああ孫が小便する南無阿弥陀仏、おお火が燃える南無阿弥陀仏、あっ危ない南無阿弥陀仏、暑いあつい南無阿弥陀仏といったあんばいで、大八車一ぱいに積み込んできたのはみんな空念仏ばかりだった。そこで、あやわや地獄行きの判決が下されようとしたが、何やら箕(み)の底でごとごとというものがある。鬼どもが何だろうと取り出してみると、どうやら実のありそうな念仏である。ハテナと天眼鏡か何かでよくよく調べてみたら、それは婆さんがまだ若い娘のころのある夏のこと、例のようにお寺参りをするために広い野原に通りかかった時、一天にわかにかきくもり、大夕立がやってきた。ごろごろぴかぴか、雷鳴もひどい。婆さん生来雷ぎらいときているので恐ろしくてたまらず、一心不乱にナンマイダ、ナンマイダと念仏しながら道を急いだ。すると、一段と物凄い稲光りがしたかと思うと、がらがらぴしゃっと目の前に大きな音と一緒に雷が落ちた。そのとき、婆さん思わず大声で「南無阿弥陀仏」と一所懸命に絶叫すると、そのまま意識を失って倒れてしまった。この一声の念仏だけが実の入ったもので、あとは全部カラ念仏だったわけである。しかし、婆さんは、この一枚の念仏の功徳で、閻魔さんから極楽行きが許された。
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◎感想:有名な念仏婆さんの話である。

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<大森曹玄:「心眼」> 2014.9.26
●むかし栂の尾の明恵上人は、道端に咲いている小さな花に対して合掌し、「この一茎の花、不可思議・不可説・不可商量なり」と、落涙されたといいます。この小さな花は、いったい誰が咲かせたのか、なぜそこに咲いているのか、人間の浅はかな智識では、とても量り知れるものではない、と大いなる生命の営みに感激したというのです。
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◎感想:人間の智識というのはことほど左様に高が知れている。このことに気づき、傲岸(ごうがん)にならないことが大切なことか。

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<永田和宏:一歩先のあなたへ「自己評価という落とし穴」(2014.9.24京都新聞)> 2014.9.24
●「○○ちゃんを見てごらんなさい。それに較べてあなたは」などと言われ続けると、いやでも他との比較のなかでしか自分を見られないようになるものだ。自分を客観的に見るのは悪いことではない。しかし、それがいつも誰かとの比較であったり、合格ラインからの距離としてしか意識されていないとしたら、ひたすら後ろ向きのそんな自己規定は、自らの可能性をあらかじめ封印無化するという点で害にこそなれ、益するところは何もない。評価というものは、良ければ自信を持ってさらに励み、悪ければ、それを分析して克服できるように対策を練る、そいういう使われ方をした場合にのみ意味を持つ。第三者による評価なら、それは他人が勝手にやっているのだから、俺には関係ないよと突き放しておくこともできる。だが自己評価となると、自分で下した評価なのだから、どうしてもそれに縛られざるを得なくなる。そんな余計な縛りは何の意味もない。自分を評価しようとしないで、あえて自分を宙づりの状態の不安のなかに置き続けること。そんな<未決定状態>こそが、何かのきっかけがあったとき、一気にその何かに邁進(まいしん)する推進力となるのである。「自分はまあそこそこだから」という自己規定からは、そのような推進力は生まれない。自分の可能性は、自分ですらまだ知らないものだと、いつもいつも思っていて欲しいのである。
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◎感想:“自分の可能性は、自分ですらまだ知らない”というのは至言。うわべだけを自知して自縄自縛(じじょうじばく)に陥ってしまうではあまりにも能がない。自分という生き物に対して申し訳が立たない。。。

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<吉本隆明:「ひきこもれ」> 2014.9.21
●「とにかく教師は生徒に向き合うべきだ」という考えには、子供を「指導」してやろうという、プロを自認する教師の思いあがった気持ちがあります。そんなことをしなくても、毎日後ろ姿を見ているだけで、子供はいい先生を見抜きます。自分の好きな先生を見つけて、勝手に影響を受けていくのです。それを向き合って何かを伝えようとか、道徳的な影響を与えようとするから、偽の厳粛さが生まれ、子供に嫌な圧迫感を与えるのです。
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◎感想:知らず知らずのうちに上から目線になっていることに注意しなければ。。。お飾りの厳粛さは感度の鈍い阿呆な大人でもすぐ気がつく。シラケるが面(つら)だけは厳粛を装うことに。

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<日高敏隆:「セミたちと温暖化」 “カラス対策”> 2014.9.18
●とにかく何とかして餌を手に入れることに、鳥たちは猛烈な執念をもっているのである。それは当然なことであって、そうでなければ彼らは生きていかれないはずだ。それと同時に、鳥たちは危険を避けるために常に細心の注意を払っている、なにか目新しい怪しげなものが出現したら、そこには絶対近寄らない。けれど彼らはそのものの「振る舞い」をたえず観察しており、それが無害なものとわかったら、もうそれを気にしなくなる。つまり慣れてしまうわけだ。どの動物についても同じことであるが、とくに鳥については、彼らのこの高い学習能力がつねに問題となる。
町のゴミの上にかける網や覆いにカラスの嫌う色を用いた場合にも、カラスはこのからくりをすぐ見破ってしまう。中が見えない覆いがかけられていても、カラスたちはその中に何かがあるだろうと察知している。
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◎感想:ゴミを食い荒らすカラスは人間の目の敵(かたき)にされるが、カラスは生きていくための餌を探しているだけ。カラスの子育てシーンなどを見れば “いや可愛い!”ということに。。。人間というものは所詮得手勝手なものである。

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<山内恭彦:「雑叢 一物理屋の随想」> 2014.9.16.
●画描きなら、自然にある物なら何でも描けると思うのは大きな誤りであろう。物理についても同じようなことがいえる。物理だって目の前の自然を何でもかんでも説明できるわけではない。偉い物理学者でも、三歳の児童の問いに答えられないようなことがある。これは何も予備知識がどうのこうのというのではなくて、いくらむずかしい理論を使っても実際説明できないことがあるのである。
物理の選択の規準は、それが数学的形式に表現されることである。だから、物理理論が最後に数学の式に頼らなければならないのは、初めからそいういうものだけを取り上げているのだから、当たり前の、わかりきったことである。
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◎感想:物理学の一断面を見事に切り割っているというか、なにかスッキリしたものを感じる。

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<内山興正:「大空が語りかける」“深さ” > 2014.9.14
●何か面白いことはないものかと 外へ向かって追い出すと
 いつしか小人(こども)のように 愚図らずにはいられなくなる
 じっと物足りぬまま 物足りぬ味の深さを 凝視(みつ)めていると
 そこには 青空のように 底知れぬ深さがある
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◎感想:桶の底が抜けるということはそういうことか。

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<朝永振一郎:「滞独日記」一九三八年四月九日〜一九三九年五月二十八日> 2014.9.13
●十一月二十二日 仕事の行きづまりをうったえて、少しばかり泣きごとを仁科先生に書いたのに、先生から朝がたに返事がきた。センチだけれどもよんでなみだが出てきた。いわく、業績があがると否とは運です。先が見えない岐路に立っているのが吾々です。それが先へ行って大きな差ができたところで、あまり気にする必要はないと思います。またそのうちに運が向いてくれば当たることもあるでしょう。小生はいつまでもそんな気で当てに出来ないことを当てにして日を過ごしています。ともかくも気を長くして健康に注意して、せいぜい運がやってくるように努力するよりほかはありません。うんぬん。これをよんでなみだが出たのである。学校へ行く路でも、この文句を思い出すごとに涙が出たのである。
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◎感想:クライン・仁科の公式で有名な現代日本物理学の父といわれる仁科芳雄の慈父心に満ちた姿勢に何度読んでも感激。

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<内山興正:「自己」〜宗派でない宗教〜 “第四話・自己について” > 2014.9.12
●では、そのような佛教のおしえる、真実の自己とは何か?-- これは数量的に言えば「一」だということです。自己が二人いるということは、分裂症でもないかぎりありませんから。宗教的自己とは、この一としての自己をハッキリすることでなければなりません。
ところでこのように「自己とは一である」ということを前提してみますと、この「一」ということについて、
自己=1=1/1=2/2=3/3・・・・=人類/人類=一切/一切
と、こういう式がなりたちます。この式は、一見何でもないようにみえますが、これを自己にあてはめるとき、じつにスバラシイ公式なのであって、-- ニュートンやアインシュタインも、ずいぶん大した公式を発見したそうですが、しかしおそらくわたしの発見した、この「自己の公式」くらべたら、じつは、くだらない発見でしかなかったにちがいありません。というのは、ニュートンやアインシュタインの公式は、たんに物理学上の公式でしかありませんが、わたしに発見したこの「自己の公式:は、それこそ「人間の生命の公式」なのであり、人間の到達しうる、そしてぜひとも到達せねばならぬ「究極地の公式」だからです。私のこの公式の発見は、じつに超ノーベル賞ものともいうべき、たいした公式なのです。
自分は一人だということは、だれでもみとめているわけですけれど、それでいて、おたがい「自分は一人だ」ということを実践しているひとは、まったく稀でしかありません。いつも 「勝った敗けた」 「得した損した」 「愛する嫌う」 など、そういうことだけで生きているひとは、早い話がけっきょく「二分の一の自分」だけしかみていない人です。「相手に対する自分」でしかないのですから、勝っても敗けても、得しても損しても、「二分の一」です。
「一分の一」イクオール「二分の二」イクオール「三分の三」イクオール「四分の四」--さらにこれが延長されると、自己は「一切分の一切」となります。「一切分の一切」の自己とは、今の社会にいきているかぎり、社会にすみずみまで思い至る自己ということでなければなりません。
「一切に思いいたる」とは、「思いやりの心」をもち、「いたわりの心」を持つことです。「思いやり、いたわりの心」をもって、すべてに通じている自己こそ、「一切分の一切」-- 真の「一としての自己」だということができます。
だから「自己をもつ」ということは、「我をはる」ということではなしに、じつに慈悲心にみちみちた人間となることであり、佛教の言葉でいえば「一即一切(いちそくいっさい)、一切即一(いっさいそくいち)」の自己たることです。
われわれとしては、ぜひともそのような自己をもった人間であるように、つとめたいものだとおもいます。
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◎感想:通俗禅では悟り、悟りとうるさいが、「一即一切・一切即一の自己」の自覚と行動ができているかというとずいぶん怪しい。

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<朝永振一郎:「学問をする姿勢」 “原子研究の町−プリンストンの一年−”> 2014.9.12
●この研究所のあまりにもアカデミックな空気は、そういう伝統のない東洋の島国のガタピシした環境で育った人間にとって時々たえられない圧迫感を引起す。とくに仕事がうまくいかないときにそうである。こういうときには学問などというものがひどく灰色にみえてきて、学問の圧迫感のために研究所に行くのにひどい抵抗を感じる。研究所へ向かうはずの足が反対の黒人町の方に向かってしまうのはそんなときだ。
学問の圧迫感から研究所をエスケープして黒人町をあるくのは、この東洋人にとって何となく親近感を感じるからである。
通行する人々はおよそ学問などど縁のない人たちばかりである。通りでは子供たちが大勢遊んでいる。学問が灰色に見えれば見えるほど、通行人の顔が親しげに、遊んでいる子供たちがかわいらしく見える。
学問が灰色にみえるとは、学問などは人生の一大事でも何でもないと心が主張しだすことである。アインシュタインくそくらえ、という気もちのおこることである。しかしよく考えてみると、これは仕事がうまくいかないからのことであろう。 
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◎感想:白皙の秀才といわれた朝永さんでもそういう気もちが起こるんだなぁと。。。飾らず素直に自分の心を表されるのがなかなか憎い。


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<藤原正彦「日本人の矜持」 ”「日本人らしさ」をつくる日本語教育” 斉藤孝氏との対話> 2014.9.11
●理数離れが言われていますが、これも子供たちに我慢力がなくなってきていることが関係していると思います。数学の問題を解くためには、五分、十分、一時間、ときには一日ずっと考え続けなければなりません。我慢力がなくて、一分考えて解けなかったらポンと捨ててしまうのでは、数学力はまったくつきません。私でも、一月考えても、二月考えても解けない問題に向き合い続けていると、ろくな才能もないくせに数学者になんかなっちゃって、とか心の底から囁(ささや)きが聞こえてくる(笑い)。それに耐えなければならないわけです。
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◎感想:小生なんかは心の底からの囁きが絶え間ない。その囁きにじっと耐えていても別に誰にも迷惑をかけないからいいようなものだが。。。

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<昭和六十二年二月四日・NHK教育テレビ 「こころの時代」”達磨” >  2014.9.10
●松村:  やっぱりこれは確かに知識で、こういうふうに平田老師からお話を伺って、「あ、わかった」というものではなくて、私自身が厳しい坐禅なり、修行を積んで掴むものなんですね。 
平田:  私が今話をしているのは、私の体験を話しているので、あなたの体験を話しているわけじゃないんで、あなたの体験はあなた自身で体験するより仕方がない。これは最後のところで、それ以上親切にしろと言ったってできやしない。禅というのは、そういう立場に立っている宗教ですね。
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◎感想:倚りかかってくれば突きはなす、なるほど本当の親切とはそういうものなのでしょう。